このぺージでは、私が、私の母やアメリカ(ハワイ&ニューヨーク)の友人達を通して体感してきた、貴重な体験や 面白い出来事など、普通の旅行ではなかなか体験できない様々な出来事を織り込めながら、その中で見つけた ガイドブックにも載っていないような穴場的なお店などと一緒に紹介していきたいと思っています。 色々な体験談の中から少しずつ更新して書き綴っていきたいと思っています(*^^*) |
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こんな様々なやりとりが楽しくかわされていましたが、文章に書くとスムーズにこなしているみたいですが、実際は色々大変 でした。唯一日本語が話せるスコットも簡単な文章と単語を必死になって考え考え会話している状態、そして私達の方は、 一番現役に近い私や弟よりも、父がペラペラと中心になって会話しているといった状態でした。若い頃パイロットを目指し、 操縦学校も高い倍率の中合格したという父。数年後さあ卒業して夢のパイロットへ・・・という寸前で家族からの大反対 に負けて帰ってきてしまったという父。今でもこんなに英語が話せるんだ・・すごいなぁ・・・そんな尊敬の気持ちとは 正反対にただただ静かに聞くばかりの情けない自分に自分でがっくりする私^^;。中学時代から学校で週1回、ネイティブ の先生による英会話の授業もあったのですが、スピードも何もかもが先生とは違ってめちゃめちゃ早い!(きっとかなり ゆっくりわかりやすく話していてくれてたのね^^;) 海外旅行1年目は、レストランでウェイターが最後に言う「Is everything OK?」が、私には“何をぶつぶつひとりごとを 言っているの?”状態でした。^^; そして街で初めてソフトクリームを買った時の事。 当時、日本では全く見かけたことがなかった、苺とパイナップルのソフトが街角の小さな屋台で売っていました。「あ、おいし そう〜」と、いざ買おうとしても、買えない (T.T) 「ワン ストロベリー・・」と必死で私が言っているのに、相手は相手で逆に 理解しようと必死の表情。・・・悲しかったです。ところが!・・・この年以降、毎年のようにここハワイに来ていますが、 不思議な事にこの年以降、通じなくて困るという経験、なくなったんです〜!!\(^O^)/ これって私が学習したのか、向こうが日本人英語をいやおうなしに覚えたのか・・う〜ん、いまだにナゾ、、、であります。 でも前者の方だと信じたい・・・。 こんな事もありました。後に、縁あって色々なハワイの人達との出会いがあり、母が、ハワイ大学の短大にあたるという HCC(ホノルルコミュニティーカレッジ)で毎年講師をするようになったのですが、その生徒さんの中のひとりの女性の話です。 この方は日系人でしたから、私達は安心(?)して性で呼んでいました。しかしハワイの人達は当然ファーストネームで呼び あっている様子なんですが、なぜか彼女の事を「ダーティー」と呼んでいます。“え・・?名前の方は今まで知らなかった けど、ダーティーってdirty?汚いって事!?ほんとに?いいの?そんなこと言って?聞き間違い?でもそう言ってるし・・”と、 1人で勝手に困乱しておりました。後で知ったのですが、本当の名前は「ドロシー」でした。 あまりに美しい発音で、バリバリの日本人の私にはドロシーの発音とはまるっきり気がつかなかったのでした。 ああ、失礼な事(汚いって言う名前?だなんて事)を想像してて、ドロシーごめんなさい・・です^^; そして、その中でもう1人のエミリーという女性があるショッピングモールに連れていってくれた時の事。(このモールは アメリカ人でも特別な人しか入れてもらえない所で、とても安いのです。また後日、このモールについてもお話ししますね。) 「私の別の日本人の友人がここはとても安いと言ってレンコーンをいつも買っていきます。買いたいデスカ?」と。 私達は「え?レンコン?ってあの野菜の?そんなのをわざわざ買っていくって、よほどめずらしい蓮根なのか?」 と母と顔を見合わせていました。とりあえず、お言葉に甘えてその商品を見せてもらおうと、エミリーの後を付いて行くと、 なぜかコスメのコーナーへ・・・。もうおわかりですね^^;・・・そう! “レンコーン”とは野菜の蓮根なのではなく、化粧品のランコムの事だったのです。大笑いでした。 でもほんとに“レンコン”って聞こえるんですよ。 そして毎年ハワイに行くたびに会っている人がいます。 それはスコットのおばあちゃんです。いかにもハワイアンな風貌と明るい人格のおばあちゃん。名前をアンドレアと言います。 スコットは何年か前に本土の方に行ってしまったので、今はなかなか会うことができませんが、アンドレアとは毎年会って います。ところがアンドレアは日本語が全くダメなんです。言えるのは「アリガトウ」「サヨナラ」「オイシイ」そのくらいです。 母とアンドレアはほとんどボディランゲージで会話しています。お互いにとても疲れた顔で最後は別れますが、不思議です。 ちゃんと通じるんですから。私も辞書を片手に学校での英語を思い出しつつ、会話するのが楽しくて、疲れるけれど楽しい ひとときです。 会話中よく間違えたのが“do”と“can”そして“Yes”と“no”。考える余裕なく話をしている時についつい“する”と“できる” を言い間違えてしまい、相手がよく (?_?) という顔になってます^^;。日本人ならわかってくれそうな間違いに思えるのに、 アメリカ人は決してわかってくれません・・・いぢわる(違う違う^^;) そして一番最近まで間違えて使ってしまっていたのが“Yes”と“no”の使い方でした。これ、ほんとに苦労しました。 聞いてきた文章が肯定的であろうと否定的であろうと、答えがいいえなら“No”はい、なら“Yes”という事。これ、かなり 混乱しました。例えば「あなたはオレンジは嫌いですか?」と聞かれた時。私は好きなので好きだと伝えたいのに、ついつい 日本人の感覚で、首を振りながら「No.I like oranges.」(ううん、好きだよ。)とかなんとか答えると、相手はまた (?_?) の表情 で「オレンジは嫌いじゃないの?」と聞いてくるから「No.・・云々」(ううん。嫌いじゃないよ〜)などと、私も変な答え方をして しまうので、いつまでもいつまでも互いに首を縦と横に振りっぱなしで通じないまま諦めた事もありました。随分経ってから、 “あっ!これ学校で習ってたよな〜・・”と気づきましたが、それまでは“何度も言ってるのになぜわかってくれないの〜、もう ものわかりが悪いんだから〜(←実は自分の受け答えが悪い)”と思っていましたが、相手もきっと“なんでハイって言って たそばからノーってころころと変わるのかねえ、この子の言ってることさっぱりわからないよ・・・”と思っていたことでしょう^^; こんな私でしたが、なんとびっくり!2年前に行った時には、自分でも驚くほどに英語が口から文章になってぺらぺらと出て くるのです。え?私どうしたの?というくらい。考えなくても言葉が出るんです。でも、特に勉強した覚えはないし・・・? ふっと思い出したのは、毎日子供に英語のビデオを見せていた事。それくらいしか心当たりがありません。でも、もしかした ら、それが自然に体に身についたのかもしれません。ただ流していただけで、私は真剣に見てはいませんでしたから。 ところが残念な事に翌年にはいつもの私に戻っていました。毎日流していたビデオもずっとサボっていました。 そう考えると、やっぱり英語を毎日聞くのって(と言わないまでも耳にするだけでも)いいのかな〜とつくづく感じています。 言葉のエピソードといえば面白い事ばかりをやってくれるのがうちの母です。 日本に電話をコレクトコールでかける時に、「コレステロールでお願いします」と何度電話交換手にお願いした事か! 街を歩けば、いかにもアメリカ人という人に思いきり日本語で話しかけておきながら、やり取りができなくて混乱してくると いきなり私に振ってきて「通訳して!」(またそういう時に限ってややこしいことを聞いている・・(ーー;)) ある時はショッピングモールで。 集合時間を決めて、皆自由行動ね。解散!と分かれてから、さて時間になり集合場所に着けば、あれ? 母だけがいない。大丈夫か、と心配しているとふと目に入ったのはすぐそばのお店で必死に何かを交渉している母の姿! それも日本語と英語で!どうも相手は何を言っているのかわからなくてとても困っている様子。でも、何やら交渉している ようなので、下手に私達も助け舟を出してはいけないような気がして、じっと遠くからはらはらと見守っていました。 結局、集合時間より約30分遅れて帰ってきた母は、手に交渉していた品を携え、ニコニコと戻ってきたのでした。 それがびっくり!なんと非売品を交渉して譲ってもらったらしい・・・よくやるよ、まったくもう^^; 最近、「あたしんち」というアニメがやっていますが、あれを見るたび、うちの家族のようだ・・と感じる今日この頃です。 家族構成からいっても似てるし^^; もちろん独身時代にまだ私が実家にいた頃と、ですが。 こんな、はちゃめちゃをやってくれる母が、いつのまにかハワイ大学で講師をするようになっているのですから、 世の中不思議です^^; 次回更新(9月下旬予定) 【4】ハワイ大学講師として へつづく |